国家は仮想通貨をコントロールできるか











 FinTech革命によって今までにない斬新なサービスが登場し、利用者が具体的なメリットを享受できる段階に来ている。一方で2018年1月には、革命の旗手と目されてきた仮想通貨取引所の1社が巨額の流出事件を起こした。「イノベーション」と「ルール」のバランスをとる難しさを露呈した格好だ。ここ数年続いてきた“熱狂”に冷や水も浴びせた。FinTech革命はどこへ向かうのか。金融業界の論客たちがその行方を占う。

 2017年の仮想通貨の高騰については、ビットコインの相場が1ビットコイン当たり1000ドルから2万ドルへ約20倍になったことがよく引き合いに出される。しかしこの間、仮想通貨市場全体に占めるビットコインのシェアは、85%から40%弱へと半減している。これは、全仮想通貨の流通総額が、2017年初の2兆円足らずから2017年12月には90兆円近くにまでおよそ50倍に激増しているからである。


仮想通貨/ICOバブルが起こった理由




岩下直行(いわした・なおゆき)京都大学 公共政策大学院 教授

1984年、慶応大学卒業後、日銀入行。1994年から15年間、日銀・金融研究所に勤務し、暗号技術、電子マネーなどについて研究。情報技術研究センター長、日銀下関支店長、金融高度化センター長等を経て、初代の日銀FinTech センター長を務め、2017年、日銀を退職。現在は、京都大学公共政策大学院教授。金融庁参与およびPwCあらた有限責任監査法人スペシャルアドバイザーを兼務



 ビットコインの高騰は、金融のプロフェッショナルの予想を超えた現象であった。ファンダメンタルを重視するエコノミストは、資産の裏付けもなく、国家や企業の信用にも基づかない仮想通貨の本源的価値はゼロであり、価格はゼロ円に収束すると公言してきた。市場実勢を重視するプロのトレーダーも、仮想通貨は理論価格を算出できなかった。また取引業者の事故や破綻への備えがないことを嫌気して、投資を行わなかった。

 実際、主要国の金融機関や機関投資家のほとんどは、仮想通貨投資を行っていない。仮想通貨投資はもっぱらアマチュアである個人投資家の手によって実施され、彼らばかりが2017年の大相場の利益を独占することになった。

 2017年の大相場の原動力は、ICO(Initial Coin Offering)であったと考えられる。この点は、多少説明を要するだろう。2017年のICO市場は年間で4000億円と、前年の40倍に拡大した。ICOの大半は仮想通貨イーサリアムを基盤として利用し、ERC-20トークンと呼ばれる仮想通貨に近いデジタル資産として発行される。購入するにはイーサリアムが必要になるので、ICOが増えるとイーサリアムの需要も増える。結果として仮想通貨の相場も上昇するわけだ。また、ICOトークンは払込金を償還するようなものではないのだが、あたかもイーサリアム建てで発行されているように見える。つまり、イーサリアムの相場が上昇すると、トークンが流通市場で高騰する。それがさらなるICOの活性化をもたらす。このような“正のフィードバック”が働いて、2017年5月を起点にICO発行額とイーサリアムの相場が急騰することとになったのだ。

ビットコインは「未来のお金」であり決済に使えるのでは─。実際には将来的にも決済に使われることは難しいのだが、こんな期待からビットコインの相場は高値が続いていた。イーサリアムもICOの基盤として急激に値上がりした。この2種類の仮想通貨が値上がりしたことで、それ以外の通貨も第2、第3のビットコイン、第2、第3のイーサリアムとして、値上がりが期待されていった。ほぼ無価値だった多くのアルトコインが一斉に値上がりを始めたのも2017年5月だった。

 ある程度名の知られた仮想通貨が一通り買われて値上がりすると、知名度が低く価格もついていないような仮想通貨にすら値上がりが伝播していった。株式相場が上昇基調にあるときに起こる、「低位株の循環物色」のような現象が発生したものと考えられる。

 2017年の仮想通貨の大相場の最後を飾ったのは、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)やシカゴ・オプション取引所(CBOE)におけるビットコイン先物の上場である。先物が上場されれば、仮想通貨も正式な金融商品と認められる。金融機関や機関投資家の膨大な投資資金が市場に流入するかもしれないとの期待が、ビットコインの価格をわずか3週間で1万ドルから2万ドルに押し上げた。


コインチェック事件の爪痕

 しかし2018年に入ると、仮想通貨の市況は調整局面に入る。ビットコインの価格も、全仮想通貨の流通総額がそれぞれピークとなり、わずか1カ月で相場は3分の1に下落。現在は、そこから乱高下を繰り返している。

 相場下落の一つの原因は、仮想通貨法の登録が済んでいない“みなし業者”だったコインチェックが起こした事件だ。時価580億円相当の仮想通貨NEMを不正に流出させ、世間を騒がせた。何者かが同社の管理する電子署名用の秘密鍵を不正に利用し、顧客から預かり同社が保有していたNEMを全てほかのアカウントに移動させる手続きをしてしまった。

 コインチェック事件はなぜ起こったのだろうか。顧客の大事な資産である仮想通貨を預かる立場として、コインチェックの体制は不十分だった。26万人の顧客から預かったNEMを、同社は一つの大きな“財布”に入れていた。その財布は、常時インターネットに接続され、資産の出し入れが可能な状態にあった。その財布から仮想通貨を外部に移転する手続きの安全性は、たった一つの暗号鍵によって守られていた。この暗号鍵の管理がずさんだった。犯人は鍵を不正に利用し、580億円相当ものNEMを自分あてに送金したのである。


今回の事件はコインチェックだけの問題ではないことも事実だ。仮想通貨取扱業者は、過去にも攻撃されて仮想通貨を盗まれた事件を数多く起こしている。現在営業している取扱業者の中にも、同じような問題を抱え、顧客からの預り資産をリスクにさらしている業者がいる可能性が指摘されている。現在の仮想通貨業界は、統一的なセキュリティ基準が存在せず、経営体制やガバナンス、セキュリティ対策の充足状況に関する情報開示も行われていない。

 我が国は、他国に先駆けて仮想通貨取扱業者を規制する法律を施行し、業者の登録制度を運用してきた。それは資金洗浄やテロ資金調達を防止するためだった。

 現在の仮想通貨法は、取扱業者が多額の顧客資産を預かる存在であることを意識して、十分な利用者保護の仕組みを備えているものではない。法律制定時には想定されていなかった状況が生じている以上、業界は自ら自主的なルールを設け、セキュリティ対策の基準を制定し、利用者の不安の払拭に努めることが求められている。今回のような事件が再び起きないように、常に対策を最新のものとし、徹底させることも必要である。


2019年のG20首脳会議に向けて

 今回の事件で誰もが不思議に思うのは、不正送金されたNEMが犯人のアドレスに送金されていることが確認できるのに、取り戻すことができない点だろう。もし銀行預金を舞台に起こった事件ならば、盗まれた大金がどこかの預金口座にあることが分かった時点で当局が差し押さえる。最終的には盗まれた人は返還してもらえる可能性が高い。

 ビットコインが注目され始めた当初から、特殊な思想が背景にあることが指摘されてきた。信頼できる中央機関を決して置かないポリシーがそれで、「トラストレス」と呼ばれる考え方である。ビットコインは、こうした特徴を持つからこそ、法律や政治体制の違いによる国境の壁をやすやすと越えて、国際的な利用が可能になたと考えられている。

 信頼できる中央機関を置く従来の仕組みは「トラスト」な世界と呼ばれ、我々は政府、中央銀行、裁判所といった信頼できる中央機関を前提に構成されている世界に住んでいる。ビットコインが普及したことで、トラストとトラストレスの両者が併存する状況が生まれた。

今回流出したNEMは、ビットコインと同じくトラストレスの世界にある。信頼できる中央機関はなく、国家権力を含めて何者も情報を恣意的に書き換えることはできないという建前だ。今回のNEMの問題は、トラストレスな世界は両刃の剣であることを浮き彫りにした。

 では、仮想通貨という異質な存在を国家は適切に制御できるのだろうか。つまり、トラストとトラストレスが共存するなかで、利点を生かしつつ欠点を補えるのだろうか。この新たな命題に向き合うためには、国際的な規制対応も含めて関係者が知恵を絞っていくことが必要となるだろう。2018年3月、アルゼンチンで開催されるG20の財務相・中央銀行総裁会議では、ビットコインなど仮想通貨が議題に上った。ただ、議論はそこでは終わらないだろう。

 2019年には大阪でG20首脳会議が開催される予定だ。その場にも、仮想通貨を巡る議論は引き継がれていくことになりそうだ。我が国は、仮想通貨の規制監督にかかるこれまでの貴重な経験を生かし、ぜひ国際的な議論をリードしていくことを期待している。

http://tech.nikkeibp.co.jp/atcl/nxt/column/18/00221/032200001/?P=1










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